イスンジェ現在までの経歴に元政治家?俳優業支えた妻は超あげまん

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イスンジェアイキャッチ

韓流ドラマファンなら知らない人は居ない
レベルのベテラン俳優イスンジェ氏。

キャリア60年以上を誇るイスンジェ氏の
若い頃から現在まで知性派俳優と言われる
由縁や成程の経歴に元政治家の過去。

日本統治時代を生き韓国が民主化になる以前
から俳優という道を選んだイスンジェ氏。

それを支えた妻が超あげまんと言われる理由など
おススメドラマと同時に追ってみようと思います。

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イスンジェプロフィール

氏名:イスンジェ
生年月日:1934年11月16日(戸籍では1935年10月10日)
年齢:85歳(20年5月時点)
身長:165㎝
体重:68kg
血液型:A型
出身地:咸鏡北道会寧郡(現在の北朝鮮)
家族構成:妻・息子1人・娘1人
学歴:ソウル大学哲学科卒

イスンジェの現在

カネの花
こちらは2017年ドラマ「カネの花~愛を閉ざした男」
の制作発表の舞台です。

韓流ドラマファンなら数々のドラマで、ある時は
威厳ある父親を、ある時は、優しくも厳格な韓国
の古き良き父親や祖父役を演じるイスンジェ氏。

成熟した超ベテラン俳優イスンジェ氏は、俳優業の
かたわら現在は大学の演技指導も行い後輩育成も
しているそうです。

22年前から後輩たちに直接、演技指導をしていると
いいますが、声を響かせる、せりふや激しい動作を
本人から生で教わることができ、その情熱に魅せられて
若者が日々成長しているといいます。

イスンジェは韓国現役最高齢の85歳、正統演技派
俳優として韓国芸術界を牽引していますが、今でも
新しい役がくると台本研究を欠かさず、衣装や発音
表情まで念入りにチェックするのだそうです。

イスンジェと様々な作品で共演してきた同僚たちは、
彼を「ローモデルであり、一途な方。」と絶賛し
尊敬してやみません。

60年を超す長い俳優人生ですが、王のような彼を
追いかけ追い越していく後進の出現の日も近い
ことでしょう。

イスンジェは元政治家の知性派俳優

そんな俳優のキャリアの長いイスンジェ氏ですが
意外な事に、現在までの過程でイスンジェ氏には
54歳の時に国会議員選挙に立候補した事があります。

結果は、残念な事に落選しましたが、その後、再度
立候補して58歳で見事、国会議員となり一期務め
政治の世界にも足を踏み入れた元政治家でもあります。

これ凄い意外な過去ですよね。

現在の売れっ子韓流スターでもあるイスンジェが
国会議員だったのですよ。

もちろん日本人にも、タレントから国会議員に
なる人はいますが流石イスンジェは知性派俳優と
言われるだけの経歴だな、って感じです。

しかし、当時、議員にはなったものの、直前に
大ヒットした「愛がなんだって」での人気を利用した
当選と非難されたこもあったようです。

自身の選挙や議員生活を送った8年余りを振り返ると
あまり幸せを感じず、演技への思いが強くなって
いったといいます。

そして本格的に俳優業にまい進していくこととなりました。

政治に関わるほどの知識もあり、人生経験豊富な
イスンジェの発言には重みがあり、浮いた噂一つも
ない彼の真摯なふるまいは韓国の芸能界でも大きな
影響力を持っているようです。

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イスンジェの若い頃からの激動の時代背景

若い頃
イスンジェ氏はプロフィールでも紹介した通り
1934年生まれの現在85歳。

日本統治下時代の真っ只中に現在の北朝鮮で
誕生
しています。

日本でも終戦前で統治時代は1910年8月29日
から日本の終戦日となった1945年8月15日。

この35年に及ぶ統治時代に生まれ実に物心つく11歳
まで、こうした時代背景の元1938年に4歳で北朝鮮から
祖父母のいるソウルに移住して祖父母と共に暮らします。

その後、終戦が終え、35年に及ぶ日本統治時代
から解放されますが、この時代の名残でイスンジェ
氏は日本語も堪能です。

ドイツ語も堪能らしいですが…凄い!

終戦後、北朝鮮から両親もソウルに疎開して
家族一緒に暮らしますが、イスンジェの祖父は
石鹸業を生業にしていたようで祖父と一緒に
小学高学年時代には石鹸を売り歩いた経験も
あるのだとか。

家業は、その事業の成功もあったのでしょう。

その後1950年の朝鮮戦争で疎開して1953年から
現在に至るまで休戦状態になるも、この朝鮮戦争
の影響からソウル大学は留年して進学。

しかしこの時代1950年代にイスンジェは過去を
連想して面白い事が何もなく当時の過ごし方を
「1日中、映画ばかりみていた」との事。

このコメントから見て、おそらくイスンジェ氏の
実家は、先に紹介した通り石鹸事業が軌道に乗って
かなり裕福だったと考えて良いかと思います。

この1950年代の大学入学は、学力で優秀なのは
もちろんですが実家にも、相当の余裕がある家庭
しか韓国も日本でも経済的な面から考えてあり得ない
と言えるでしょう。

そして韓国はこの時代においても、まだ民主国家
ではないのです。

韓国が民主化したのは、それからもかなりの年月
が経った1987年6月29日です。

この間に民主化を求める運動の激化から、かなりの
犠牲者を出した光州事件などを乗り越えてようやくです。

そうした時代背景の影響をもろに受けた為
1950年代から1960年代に出演したドラマや映画
のビデオは当時かなり高額だったためほとんど
残されていないそうです。

イスンジェしも当時の韓国社会の背景から
俳優という職業は馬鹿にされ軽蔑する呼び方
として「タンタラ」と呼ばれていました。

1960年から1970年代には、かなり活躍して世間に
知られる存在になっていたにも関わらずです。

それでも演技することを辞めなかったイスンジェは
『演技をする事は、お金を稼ぐ事よりも価値があると思っていた。』

と、演ずる事に拘り続けた理由を話しています。

良くも悪くも韓国民として激動の変換機を
全て体験しているイスンジェ氏。

味わい深い、あの演技の裏には、他人には言えない
苦悩もあったのかもしれません。

それほど、韓国の民主化までの道のりは長く
そしてイスンジェ氏の俳優としての大成の道のりは
大器晩成な道のりだったのです。

イスンジェの俳優業支えた妻のあげまん説

嫁
そんなイスンジェ氏のプライベートは32歳のとき
一般人のチェヒジョンさんと結婚しています。

2人は奥様のチェヒジョンさんの妹が女子高で
演技指導するイスンジェのクラスにいた縁で出会い、
交際を始めます。

自身も留年したとはいえソウル大学卒で奥様も
韓国きっての名門大学として知られる梨花女子大学卒。

その中でも舞踊科を卒業して、海外巡演もこなす
舞踊家としての活動もしていたチェヒジョンさんを
愛しく思う手紙を送るイスンジェとのやりとりを経て、
互いに心惹かれ2人は結婚に至ります。

結婚後5年で長男が生まれますが、イスンジェは
俳優としては駆け出しで、仕事がほとんどなく
生活は苦しかったようです。

あまりに生活に窮した時は石鹸事業で成功していた
父親にお小遣いをもらって生活を凌いでいたそうです。

妻として夫の俳優業を支えるため舞踊家をやめた
チェヒジョンさんは、70年代に韓国餃子屋(マンドゥ)
の宅配専門店を開業し生計を切り盛りし、6年後には
その儲けでビルを購入。

そして高級中華料理店【巨像】コサンを開業する
程の事業化としての手腕も振るい、当時時代背景も
ありあまり役者としてパっとした収入の無かった
イスンジェ氏は

「役者として食っていけなかったら、中華料理店の社長をするつもりだった」

と言わせる程の店舗を構えていたのです。

「大成する人の妻は陰にいなければならない。日の当たるところにいてはならない。」

チェヒジョンさんはこう言われており、現在でも
イスンジェ氏の演技の練習や台本研究も手伝って
きたそうです。

自身の舞踊家としての夢を捨てて、夫であるイスンジェ氏
の俳優の優れた資質を信じ守ろうとしたチェヒジョン
さんはまさに理想のあげまんといえるでしょう。

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イスンジェ知性派俳優の経歴

そんなイスンジェ氏は並みいる韓流スターの中でも
現在の年齢85歳の高齢からは考えられない経歴を
持つ知性派俳優として知られています。

冒頭でも紹介した経歴は日本の東大と言われる
ソウル大学出身。

イスンジェ氏はそのソウル大の大学在学中に
演劇サークルを作り、大学3年生で
俳優デビューをしています。

韓国最初のテレビ放送局HLKZ-TVから出演し、KBSの
初ドラマ「私も人間になる」にも出演するなど韓国
TVドラマの創始期と共に俳優人生をスタート。

ですが時代背景もあり、当時は現在程の知名度は
あまりなかったといいます。

イスンジェは俳優での生活は厳しいけれども、演技は
お金よりも価値あるものという信念のもとに下積み
生活を重ね、57歳の時の家族ドラマ「愛がなんだって」
が驚異の最高視聴率64.9%をあげ「国民的お父さん」
と呼ばれる大ヒットとなりました。

65歳でイビョンフン監督作品ドラマ

「ホジュン~宮廷医官への道」で師匠役を務め、歴代
史上最高視聴率64.8%を記録。

72歳で出演したシットコム「思いっきりハイキック」
ではこれまでの正統派のイメージを払しょくしたコミカルな
お父さん役で人々に親しまれる国民的スターになりました。

75歳でピクサーのアニメ映画「カールじいさんの空飛ぶ家」
で主人公のおじいさんの声で人気を集め、世界中で絶賛されます。

79歳で、年配俳優が揃って世界をバックパッカー旅行
する人気のリアルバラエティー番組「花よりおじいさん」
に出演。

イスンジェの行き当たりばったりの旅行で見せる
博学ぶりや共演者への優しさ、トラブルをも楽しむ
ポジティブな姿勢などに感銘する人々が多く新しい魅力
発見となりました。

イスンジェは成熟した年代でブレイクし、誰からも
崇められるほどの魅力をまだまだ発掘し進化中という
恐るべきベテラン俳優であるといえます。

イスンジェ氏のおススメドラマ

民主化前の出演ドラマや映画を数えたら300編
以上と言われる俳優キャリアがあるイスンジェ氏。

遅咲きの大器晩成で、その才能も人気も不動の
モノとしたイスンジェ氏のおススメドラマを
紹介したいと思います。

あまりに作品が多いので選びきれませんが、その中
でも個人的に押しの作品という事で紹介します。

イサン
やはり1位には母国韓国でも大ヒットとなった
ドラマ「イサン」で歴代王の中でも座位52年を
誇る21代王英祖(ヨンジョ)を演じたドラマでは
ないかなと思います。

実の息子、思悼世子(サドセジャ)を米びつに
要れ8日間で餓死させた冷酷な王。

そして思悼世子(サドセジャ)が付くべき座に
思悼世子(サドセジャ)の息子のちの22代王で
聖君として語り継がれる正祖を育てた王でもあります。

この英祖は、ドラマ「イサン」の中では何と残酷
極まりない王なのだ、としか見えませんが見方を
変えると、とても悲劇的な王でもあり再期は自ら
の息子に犯した罪を悔いながらこの世を去ったと
言われています。

そして、注目すべきは、このイスンジェの演じた
21代英祖こそ、あのドラマ「トンイ」のヒロイン
淑嬪・崔氏(スクピン・チェシ)が母親だったと言う
事実です。

朝鮮王朝を知るのには、もってこいの
「イサン」と真逆のコミカルな演技で
イメージチェンジ?した「思い切りハイキック」
もかなり面白いです。
思い切りハイキック
想定外の演技力の幅と、拘りの無さにイスンジェの
役者魂を感じました。

ともあれ、名演技として朝鮮王朝の21代王の
英祖は、まさにはまり役だったのでぜひ「イサン」
は見て欲しい名作ですね。

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他の韓流ドラマも盛沢山なので、まずは「イサン」を
身て余裕があれば「思い切りハイキック」のギャップも
楽しんでほしいですね。


おわりに

韓流ドラマには欠かせない名プレイヤーイスンジェの若い頃から現在までの人生を賭け足で紹介しました。どちらかというと、気難しいイメージの強い厳格な雰囲気のイスンジェですが、実際は真逆で、まだ役者が現在のような地位に無く蔑まれた時期からソウル大学という高学歴にも関わらず演技することに拘り、役者人生を全うし、結局は誰もが知る名優へと駆け上がった人生は素晴らしいと言えるでしょう。
筆者もソウル大好きで5年ほど前までは2カ月に1度の割合でソウルに遊びに行っていましたが、そのたびホテルでテレビを付けるとイスンジェ氏が様々なCMに出ていたのが印象的でした。それほどイスンジェ氏は韓国民にとっても身近な存在の俳優なんだと改めて思った記憶があります。85歳と高齢ではありますが、まだまだお元気な姿を新たなドラマで見られる日を楽しみにしたいですね。

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