ジョンレノン息子ジュリアンレノンんの父像とオノヨーコの冷酷さが闇

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ジョンレノンアイキャッチ

伝説的ミュージシャンとしても日本人女性の
オノヨーコを有名にしたことでも知られる
ジョンレノン。

彼の息子と言うとオノヨーコとの間に出来た
ショーンレノンさんが有名ですが実は彼には
もう一人の息子が存在しているのです。

それが第一子となる長男ジュリアンさんですが彼から
見た父親像は次男のショーンレノンが見た父親像とは
まったく異なるモノだったと言われています。

愛に溢れ世界的大ヒットとなった『イマジン』を創作
した男ジョンレノンのもう一つの家庭や息子とは?

またオノヨーコさんの冷酷とも言える仕打ちなど
調べてみました。

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目次

ジョンレノンのもう一人の息子

ジョンレノンさんとオノヨーコさんの間には
息子さんが一人いる事は有名です。

死して尚未だに語り継がれる伝説のミュージシャン
ジョンレノンとオノヨーコは当時からそして今も
語り継がれるレベルの相思相愛の夫婦だったのだから。

二人の間に誕生したショーンレノンは幼少期から有名
でした。

でもジョンレノンにはもう一人の息子がいたのです。

だってジョンレノンはオノヨーコもそうですが再婚同士
の不倫からの略奪婚だったのだから・・・

ジョンレノンとオノヨーコの間に誕生したショーンレノン
35歳の誕生日に生まれました。

ショーンが5歳の時にジョンレノンさんは
凶弾に倒れる事になります。

ジョンレノンは当時わずか40歳でした。

ジョンレノンさんとオノヨーコさんが結婚する前に
ジョンレノンさんは1回、オノヨーコさんは2回結婚
しており、ショーンさんには異母兄と異父姉が一人ずついます。

最初の妻であるシンシアさんとの間に生まれた
ジュリアンレノンが、兄にあたり、オノヨーコの
2番目の夫アンソニーさんとの間に生まれたキョーコが
異父姉になります。

お二人ともショーンさんとは10歳以上離れているそうですが
現在は交流はあるようです。

長男ジュリアンレノンから見た父親像が闇

2009年ごろに行われたインタビュー記事に
ジュリアンさんのコメントが掲載されていました。

「最近になってようやく父を許すことができるようになった」

という事なのですが、どんな確執があったのでしょうか。

ジュリアンさんが5歳の時に、父ジョンレノンさんと
母シンシアさんは離婚してしまいます。

その後ジュリアンさんは母シンシアさんの元で
育って行きます。

いわゆる出来ちゃった婚であったという事もあり
ジョンレノンさんは幼少時のジュリアンさんに
愛情を注がなかったとの噂もあります。

その代りに父親代わりの遊び相手となっていたのが
ポールマッカートニーさんでした。

頻繁に幼いジュリアンさんを連れて遊びに
出ていたそうです。

離婚前の両親仲が険悪だった時、ポールマッカートニー
さんがジュリアンさんを励ますために作った曲が、かの
「ヘイ・ジュード(Hey Jude)」だったというのは
ファンの間でも有名な逸話のようです。

「Jude」というのは幼い頃のジュリアンさんの愛称です。

また母であるシンシアさんの著書『ジョン・レノンに恋して』
の中にジュリアンさんが話していた内容が載せられていました。

「離婚後に父には数えるほどしか会って無く、実際に会った時も、目の前の父の心は遠く離れていて、僕を怯えさせることの方が多かった。父の人生の中では、僕は取るに足らない存在で、拒絶されているようにすら感じていた」

その後しばらく経ち、ジョンレノンさんがある曲を
作った時に、先のコメントにあるとおり、許せるように
なったとの事です。

その曲というのが「Lucy」という曲です。

ジュリアンさんの幼少時の友人「ルーシー」の
死をきっかけに、彼女に捧げる曲「Lucy」を
作ったそうです。

CBSのインタビューでは

「父が出て行き、母と離婚したことで、僕は多くの苦しみや怒りを抱えて生きて来た。以前、父を許したと言ったことがある。でもそれは言葉だけだった。ルーシーが亡くなり、この曲を書いたことが本当に父を許す助けになった」
「『Lucy』をレコーディングして父を許そう、過去の痛みや怒りを解放しよう、良い事に目を向けそれを感謝しようって気持ちが自然に湧き上がってきたんだ」

 と語っています。

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父亡き後のオノヨーコのジュリアンへの仕打ちに驚愕

 

ジョンレノンさんが亡くなった時、ジュリアンさんは
ジョンレノンさんの遺産相続人から外されていたそうです。

そのためジュリアンさんは父ジョンへ送った
手紙をオークションで買い戻さなくては
ならなかったという話があります。

そんな状況にしたオノヨーコさんに対して
ジュリアンさんは出演したテレビ番組でも
怒りを示していました。

 

ジョンレノンはヨーコしか愛さななかった

ジョンレノンの最初の妻であったシンシアが
自伝の中で語ったことにジョンレノンの女性関係
の事があります。

ジョンレノンがオノヨーコと結婚するまでに
イギリスの人気歌手だったアルマと既に関係が
あったそうで、アルマが8歳年上、オノヨーコが
7歳年上。

ジョンレノンはマザーコンプレックス的傾向
強かったと語っています。

またジョンレノンは性的欲望も強かったそうで
オノヨーコは当時秘書として雇われていた
メイ・パンという女性を、ジョンレノンの
愛人として公認。

自身は妻としてジョンレノンとの関係を
保っていたと言われています。

メイ・パンもジョンレノンの愛人として堂々と
社交の場に顔を出していたようです。

妻であるオノヨーコはジョンレノンの性的欲望を
知りながらも性交渉は拒絶し続け、メイ・パンを
(言葉は悪いですが)あてがっていたと言われています。

そのため、メイ・パンにはオノヨーコから生活に
困らない金銭を与えられていたとか。

こういう話を見る限り、別れずに居た事を
踏まえて考えても「オノヨーコさんしか愛さなかった」
とは、ちょっと思えませんね。

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おわりに

 伝説のミュージシャンであるジョンレノンの表の顔と裏の顔を垣間見た感じです。本当の事は当人同士にしか分からないのでしょうがそれでも伝説のミュージシャンジョンレノンの最後の妻としてのイメージとは違いオノヨーコの悪名というか、したたかさが目立つ話がやけに目につきました。男女関係というのはいろいろですね…とお茶を濁すような感想しか出なくなってしまいます。


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