大津小1女児暴行事件の母親SNS!5度結婚の覚醒剤中毒噂の色白美女

この記事は7分で読めます

大津小1女児暴行事件アイキャッチ

東京五輪の熱が冷めやらぬ今年の8月4日、大津市の無職少年(17)が小1の妹(6)の世話に疲れ暴行死させた事件で、彼らの母親のネグレクト(育児放棄)の可能性が浮上し話題になっています。

兄妹は別々の児童養護施設で育ち、今年4月から3人で同居していた矢先の事件でしたが、家を留守にしがちの母親の事件前のSNSや、5度の結婚が注目されています。

大津小1女児暴行事件前母親SNS、5度結婚の覚醒剤中毒噂の色白美女の噂についてお伝えします。

Sponsored Link

目次

滋賀県大津小1女児暴行殺害事件

8月1日、滋賀県大津市の17歳の無職の少年(17)が小学校1年生の(妹6)を暴行して死亡させました。

事件当初少年は「妹が公園のジャングルジムから転落した」と言って、近隣住民に助けを求めますが、ジャングルジムから転落したと言う女児の亡骸を見た病院関係者の目には一目瞭然の異な数の皮下出血が見つかります。

どう考えてもジャングルジムから転落して出来る傷ではない。

その後の警察側の捜査で、兄が妹を自宅で殴ったり蹴ったりし、右副腎破裂やろっ骨骨折などのケガを負わせ、死亡させたと見られています。(文春オンライン:引用)

妹の全身には100カ所の皮下出血があったといいますが日常的なものではなく、事件前の7月22日から行なわれていたものだったといいます。

兄弟は母親の養育不安が理由で、大阪と京都の別々の養護施設で育ちましたが、妹の小学入学を機に今年4月から3人で同居していました。

しかし、母親が家にいないときが多く、兄が妹の世話をしていたということで、兄は調べに対し、「妹の世話がつらかった」などと供述しているということです。

事件が起きた8月1日の1週間前から、母親は滋賀県大津市にある自宅を離れ大阪で過ごしていた事も事件後明らかになっています。

この母親不在の1週間の間に歳の離れた兄が、突然6歳の妹の世話を押し付けられた事でストレスを貯め暴行死させた事が今回の事件の顛末だと言うことが明らかになっています。

女児暴行事件前の母の行方

事件の数日前から母親が子供2人を残して1週間ほど家を留守にしていたことがわかっており、女児暴行事件前の母の行方に疑問が向けられています。

母親は7月22日から事件当日までは、仕事で借りている大阪の家にほとんどおり、すぐ帰れない日が続いて長男にはある程度のお金(1000円)を渡し、7月30日には近所の知り合いに頼んでみてもらっていたといいます。

彼女を知る人の供述によると

「Mちゃんが亡くなった日、母親は大津ではなく大阪に滞在していました。もともと母親は家を空けがちで、今回も数日前からMちゃんと少年の2人を残して家を離れていました。8月1日の朝に警察からの電話で『Mちゃんがジャングルジムから転落して救急車で運ばれた』と聞かされ、慌てて車で大津へ向かっていましたが、その時も怪我程度だろうと思っていたようです」(文春オンライン:引用)

母親は普段も家を空けることが多く、空ける時には母親が彼らに食費1000円を渡し、夜に帰らないこともあったとか。

事件当日前日とされる7月21日にも自宅周辺にあるコンビニエンスストアで妹がコンビニ客に「千円貸してほしい」と求めた事から警察に通報されている事が明らかになっています。

この時点で警察が2人を保護していたら、とも思うのですが、この時点で妹に怪我は無かったようで歳の離れた兄17歳に6歳の妹の保護能力があると、思われてしまった事から直ぐに開放されています。

その後に溜まりに溜まったストレスが爆発して兄が妹に暴行を働くのですが…

彼女の外出時には兄妹からは「早く帰ってきて」とせがまれたり、幼い妹は「いかんといて」「一緒に行く」とすがることもあったといいます。(京都新聞:引用)

17歳の少年に幼い子の世話を一人でさせるのはとてもかわいそうな話で、少年だけが8月4日傷害致死で逮捕されているのもどこかあわれに感じられます。

女児暴行事件の兄妹は4人の闇!

17歳と6歳と言う歳の差のある兄弟は、世の中無い事もないでしょう。

ただ養育不安が原因で養護施設に入れたり、出したりを繰り返していた母親であり兄妹間の認識も通常のモノがあったとは考えにくい状況でした。

そして17歳の兄も普通の家庭環境で育っておりません。彼も小学3年生で養護施設に預けられています。物心が付く頃からをそこで過ごし一時母親が引き取り、また養護施設に入所と何度も繰り返している事が分かっています。

そしてそれは歳の離れた妹も同じでした、驚く事にこうした子供への養育は2人の子供だけではなかったのです。

事件後この不可解で哀れな兄妹の情報によると、母親には女児暴行事件の兄妹2人だけではなく、実際は4人の実子がいたことがわかっています。

母親によると

「私は5度の結婚歴があります。子供は17歳の長男と高校1年生の次男、それに6歳だった長女のMと3歳になる三男の4人です。長男と次男の父親が同じで、Mの父親は別の男性です。3歳の子どもの父親が、今の夫です。次男と三男は今も施設で生活しています」(文春オンライン:引用)

「長男は小学校3年生から児童養護施設で育ち、私は親族から面会を止められ、海外に行っていることになっていました。それが今年になって長男が会いたがっていると聞いて2月に久しぶりに会い、4月から一緒に暮らすことになりました。『優しい子に育ってよかった』と思っていました。」

ちなみに6歳でこの世を去る事となった妹は生後8ヵ月から今回退所した今年の4月まで児童養護施設に預けられており誕生して数カ月から6歳まで、両親の元で育っておりません。

複雑な家庭環境で、事件当時一緒に住んで、わずか4か月ほどだった子どもを残し留守するなどした母親については、育児放棄との見方も強く、およそ一般的な母親であったとは認められません。

Sponsored Link

女児暴行事件の母親事件前のSNSの闇


女児暴行事件前の母親のSNSの発言が波紋をさらに深めています。

警察発表によると、妹に対する少年の暴行が始まったのは7月22日ですが、その前日の7月21日に母親の投稿するSNSには

「今日から夏休みです。ワクワクで、何しようかな?毎日楽しかったら何でもいっか、、、笑笑」

というコメントとともに笑顔の妹の写真をSNSに投稿していたのです。

このコメントは一体どういうことなのか、子供と離れて生活していながら何が楽しいのかという疑問は尽きません。

6月上旬に母親、少年、Mちゃんの3人でカラオケに行ったといい、少年がベリーグッドマンの『おかん~yet~』という曲を入れて“ありがとう ありがとう 明日も明後日も 大好きなお母さん 幸せな姿見せたくて”と歌ってくれたと母親が感動してSNSに書き込んでいたといいますが、そんな少年の気持ちを踏みにじってしまったのではないかと思われます。

子供を持つ母親を一概に責める事は出来ませんが今回の事件の経緯や、母親の過去と現在も次男と三男が養護施設で過ごしていると言う状況を考えると、母親発信の「毎日楽しかったら何でもいっか、、、笑」は残念ながら素直な気持ちだったのでしょう。

行き当たりばったりで面白可笑しく楽しく生きられたらいい、そんな母親の短絡的な思考が見て取れます。

幼い子供や思春期の自己が形成される前ならこうした思考も否定できないかもしれませんが、やはり人の親となる人物が発信し、その後の今回の事件を考えると、この母親が自ら諸悪の根源となっていると言う事を否定する事は難しいと言えるでしょう。

女児暴行事件の母親5度目の結婚歴

女児暴行事件の母親の5度目の結婚歴には驚きを隠せませんね。

またそのために、子供たちは父親も異なる複雑な環境に置かれ、母親の経済的理由から育児困難となり児童養護施設育ちになってしまったことは否めません。

親子3人で済む建物は家賃5万の3LDK・築32年、4月より前には母親とその5番目の夫の2人暮らしだったといいます。

この父親は60歳位で体格のいい短髪の人でしたが、4月頃から家賃の滞納があったそうで、子供たちが同居してからは父親の姿があまりなかったといわれています。(文春オンライン:引用)

母親は結婚を繰り返してきていますが、この5回目の結婚もそう長くはない様相だったのか、子供にとっても不安の大きい生活であったことが推測されます。

女児暴行事件の母は覚醒剤中毒の色白美人の噂

事件の悲惨さから女児暴行事件後の母親についての情報も様々なモノが浮上しているようです。

その中でも驚いたのが地元大津では覚醒剤中毒で有名だとの情報もあるようです、そして見た目も色白美人なのだそうです。

前出の一家をよく知る人物によると

「母親は大阪出身で41歳。ですが、色白で髪も綺麗な茶色に染めているので若く見えます。最近まで介護施設に勤務していましたが、今年5月に退職。その頃から経済的には苦しい状況だったようです。」(文春オンライン:引用)

母親は色白で若く見えるとの評判はあったようで、今回の犯人となってしまった少年も色白でイケメンであったとか。

年の割に若々しい印象が見えていたようです。

覚醒剤中毒について詳細はわかりませんが、他にも発達障害なのではという噂もあり、子供放任に見える母親のふるまいに普通ではない人という噂が多いようです。

最近になって彼女は「全て私が悪い。兄に妹の面倒をみさせてしまった。私の責任だと思っている」などと述べ、親としての責任を初めて口にしたそうですが、本心なのかどうか見極めが必要かもしれません。

母親との同居を否定した女児一緒に暮らしたいと願った兄

養護施設で長らく暮らしていた女児は、小学校入学を目前とした母親の引き取りをかなり否定して嫌がったと言う情報もあります。

彼女は幼いながらも慣れ合っていただろう施設の友達や先生(職員)らと離れて暮らす事をとても嫌がっていたとの事。

当然ですよね、産んでくれた母親だからと言われても、その大半を母親と過ごしていません。

6歳だとそれは間違いなく認識できる歳でしょうし、小さな胸に不安を抱えながらの、ほぼ知らない母や兄との慣れない暮らしを強いられた事。

唯一の母親である頼るべき大人に「行かないで」「一緒に行きたい」と言っても置いてかれた事。

兄が豹変して100ヵ所の皮下出血を作る程の暴力を受けながら死ぬしかなかった事。

彼女は肋骨が折れ腎臓は破裂しており右半身に100ヵ所の皮下出血を受けながら、「外傷性ショック死」でこの世を去りました。

遺体は目が見開いたままの状態だったそうです。きっと想像を絶する苦しみの中、息を引き取ったのでしょう。

ニュースが流れた時感じた、”不慮の事故でジャングルジムから落下して頭を強くぶって即死した”のではなくです。

こうした状況を作り上げてしまった母親の罪は、あまりに大きく、それを犯した犯人も実の兄からの暴行によって起きた事件である恐ろしさ。

一方で小学3年生で施設に預けられていた長男は、中学卒業後には解体業などに勤めながらも、一人暮らしをしたり彼女と暮らしたり、施設に戻ったりを繰り返しますが今年の4月の時点ではやっぱり「母親と暮らしたい」と義理父が居ての同居を願い出ています。

息子がどうして6歳の妹にこんな死ぬほどの暴力を小さい妹に振るったのか、この母親には本当に理解できているのだろうか?と不可解に想えて仕方ありません。

児童養護施設に子供を預ける事になった経緯を取材で「育児困難」と判断しての事だったのか?問われた母親は「その通りです」と答えています。

長年離れて暮らした長男と被害者長女の気持ちも理解できず、あたかも長男は大人だから長女の面倒は見れると思っていたと身勝手な自己判断をして家を離れた母親に長男の「妹の世話が辛かった」と言う気持ちを理解する事は不可能だったのです。

彼は警察の事情調書に
「連続で何十発も殴ったり、蹴ったりすることもあった」と話しています。

ここに至るだろう長男の気持ちの推移さえ想像できなかった母親。

目の前の数年ぶりに引き取った我が子を放置して、しかも他の2人の息子(高校生と3歳)を放置して彼女は「楽しければ何でもいいか」の思考で自宅を後にした。1週間もの間です。

どこで「育児可能」だと判断したのでしょう。彼女(母親に)その能力があったとは到底思えません。

Sponsored Link

おわりに

大津小1女児暴行事件前、家を空ける生活をしていた母親のSNSにみる非常識なコメントに、彼女のネグレクトへの疑いは避けられず、その5度の結婚歴がありながら母親を慕い一緒に生活していた息子を追い込んだ罪は大きいと言えるでしょう。
母親には覚醒剤中毒や色白美女の噂も飛び、子供を置き去りにしたその母親らしからぬ振る舞いに厳しい目が向けられており、今後彼女の罪がより明らかにされることを期待します。
そして少子化が問題化される中何も考えず「楽しければ何でもいいか」と言う短絡的思考を持つ人程どんな悲惨な状況でも子供を産んでしまうこの負の連鎖を国や行政が踏み込んだ対策を作らないと親を選べずこの世の誕生する悲惨な子供が跡を絶たないのではないかと思えてます。
今後国が踏み込んだ介入をする事で助けられる親の犠牲にならない子供が減る事を犠牲になったであろう女児の冥福を祈りつつ願たいと思います。


関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

このサイトについて

モバイルバージョンを終了